菩薩という言葉は、サンスクリット語の「ボーディ・サットバ」を音の通りに漢字に訳した「菩提薩タ(ぼだいさった)」を略したものです。ボーディは「覚(さと)り」、サットバは「有情・衆生(生命をもつ全ての生けるもの)」を意味し、要するに菩薩とは「覚(さと)りを求める衆生」を意味します。また、「覚(さと)りを得ることが確定している有情」という意味も含むとされます。
覚りを開いた如来に対し、菩薩はまだ覚(さと)りを開いていません。これは、菩薩が覚(さと)りを求めて修行を積みつつも、大衆の救済を優先しているためです。造像上での大きな違いとしては、ほとんどの如来が簡素な衣を身につけるのみであるのに対し、菩薩は多くの装飾品を身につけており、華やかな印象を受けます。
如来の脇侍尊として配されることもしばしばですが、観音菩薩や地蔵菩薩など、単独で信仰されることも多い仏です。
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