修理された文化財
真言密教の修行の道場として弘法大師が開創された高野山は、1180有余年の歴史をもつ、文化財の宝庫であります。
しかし海抜約1000メートルの山上であり、盆地であるがために、度重なる落雷等の災禍に会い、失われた文化財も数多くあります。
また、高野山の気候が多湿過多であるが故に、文化財の劣化は避けられないものであります。
長い歳月の間に、文化財にもさまざまなことが起こってきます。多湿は黴の発生や金属の錆などの原因となり、高温多湿下では虫黴害が活発となり、極端な乾燥は、木彫の干割れや顔料の剥離、軸装の裂損などの大きな被害を招きます。
たとえば、仏像の手先や腕がなかったり、持物が失われたり、頭がなく体部だけのものさえあります。美しく見える仏像でも後世の修理(後補)であることが多く、それが文化財のたどった歴史なのです。
私たちは、伝統ある文化財を守り抜き、次代へ引き継がなければなりません。文化財の取り扱いにおいて最も注意すべき事柄が、修理に関する問題です。
今回の企画展「修理された文化財」では主に、昭和・平成の時代に修理された文化財を展示しました。
弘法大師の時代、気の遠くなるような昔に生み出され、蓄積された文化財を、今日なお拝観することができるのは、火事や落雷などでの災害から文化財を護り、修理、修復してきた人々がいたからです。拝観をするにあたって、そんなことを考えるのもいかがでしょうか。
|