高野山の美術

第7回大宝蔵展-「高野山の美術」-中世・近世の名宝- 展示リスト

昭和61年8月1日~8月30日

ごあいさつ

弘法大師がお開きになった高野山に蓄積された文化財は平安早期から江戸時代に亘り、その時々の宝物である。今回はとくに鎌倉時代を主として展示した。
例えば頼朝の三男貞晩が承元二年(一二〇七)に高野山に上り一心院を開き、頼朝の室政子(二位如実尼)は熊野参詣の途次貞暁と対面し、三年後に頼朝の菩提のために高僧行勇を院主として禅定院(金剛三昧院)を建てた。
安達景盛が二位禅尼の命により建てた多宝塔が現存する。

金剛三昧院は筑前粥田庄を領して学問寺として栄え、学徒三千人といわれた。
景盛の孫泰盛の世話で学徒の使用する経疏が刊行されたことは文化史上の一事蹟であり、世にこれを高野版という。
今般、鎌倉時代とその後の名品の数々を展示して一般に公開することはまことに喜ばしいことです。

昭和六十一年八月一日 高野山霊宝館々長 山本 智教
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