第22回大宝蔵展「壇上伽藍と奥之院」展示リスト
平成13年7月20日~10月4日
御挨拶
広く人々から親しみをもって「お大師さま」と呼ばれる弘法大師空海は、真言宗の開祖というだけでなく、人間の物心両面におけるあらゆる存在領域に、古今不易の示唆と原理と思想を与えた人物であることは改めて申し上げるまでもないところである。
即ち文芸面では日本最初の文芸評論書である『文鏡秘府論』、日本最古の辞典『蒙隷万象名義』を著し、日本三筆の随一と稀される能書家でもあった。
大師の立教開宗になる真言密教の本旨は、鎮護国家と済世利人にある。嵯峨天皇の勅許による国家安穏の祈願である「後七日御修法」は現代に連綿として引き継がれ、京都の根本道場東寺で実修されている。
即ち文芸面では日本最初の文芸評論書である『文鏡秘府論』、日本最古の辞典『蒙隷万象名義』を著し、日本三筆の随一と稀される能書家でもあった。
大師の立教開宗になる真言密教の本旨は、鎮護国家と済世利人にある。嵯峨天皇の勅許による国家安穏の祈願である「後七日御修法」は現代に連綿として引き継がれ、京都の根本道場東寺で実修されている。
神泉苑での祈雨祈祷により旱魃の民を救った事歴は今に語り継がれる。四国の水飢饉を救うための「満濃池の修築工事」は人工ダムとして今日なお健全であり、大師の民衆救済の事歴は枚挙に暇がない。
人々の幸せを願われ活動された大師の慈愛ある菩薩行は、日本の人々の心に強く生き続けている。
この度、大師が御開創になられた高野山が「紀伊山地の霊場と参詣道」の名称のもと世界遺産暫定リストに含まれ登載されたことは、まことにもって宗祖大師の宗教精神が世界の人々に御理解を戴ける第一歩となったことは喜びにたえぬ。
高野山は弘仁7年(816)に、大師によって開創されて以来、真言密教の聖山として、また弘法大師を慕う人々のあこがれの霊場として今も人々の心をとらえてやまない霊山である。
この度、大師が御開創になられた高野山が「紀伊山地の霊場と参詣道」の名称のもと世界遺産暫定リストに含まれ登載されたことは、まことにもって宗祖大師の宗教精神が世界の人々に御理解を戴ける第一歩となったことは喜びにたえぬ。
高野山は弘仁7年(816)に、大師によって開創されて以来、真言密教の聖山として、また弘法大師を慕う人々のあこがれの霊場として今も人々の心をとらえてやまない霊山である。
高野山には古来から人々によって護持されてきた壇上伽藍と奥之院の二大聖域がある。
伽藍は大師が創設された世界最初の本格密教伽藍であり、密教僧による研鑽修業の重要な聖域である。
また、奥之院は、承和2年(836)に高野山で御入定なされた大師を慕う人々によって創出された霊場である。
日本広しと言えども、このような二面性を兼ね備えた霊場は他に類例がないといっても過言ではない。
この度の展覧会では、高野山が「紀伊山地の霊場と参詣道」世界遺産暫定リスト登載を記念して、高野山の永い歴史の中で護持されてきた壇上伽藍と奥之院の二大聖域に関係のある国宝宝物文化財を公開展示して、高野山の日本宗教文化形成に果たした信仰文化を紹介する展覧会を開催いたしました。
是非、この機会に宗祖弘法大師が御開創され、人々が愛してやまなかった高野山の霊場観の一端を展示宝物文化財を通じて触れていただければ幸甚である。
最後になりましたが、本展覧会の開催にあたり和歌山県ならびに和歌山県教育委員会の御後援を賜った事に対し心から御礼申し上げる。
この度の展覧会では、高野山が「紀伊山地の霊場と参詣道」世界遺産暫定リスト登載を記念して、高野山の永い歴史の中で護持されてきた壇上伽藍と奥之院の二大聖域に関係のある国宝宝物文化財を公開展示して、高野山の日本宗教文化形成に果たした信仰文化を紹介する展覧会を開催いたしました。
是非、この機会に宗祖弘法大師が御開創され、人々が愛してやまなかった高野山の霊場観の一端を展示宝物文化財を通じて触れていただければ幸甚である。
最後になりましたが、本展覧会の開催にあたり和歌山県ならびに和歌山県教育委員会の御後援を賜った事に対し心から御礼申し上げる。
平成13年7月20日 財団法人 高野山文化財保存会 理事長 土生川正道
「壇上伽藍と奥之院」の図録を発刊するに当り
弘法大師空海は、弘仁7年(816)に真言密教の根本道場として嵯峨天皇より高野山を賜りましたが、その意図は、壇上に大塔をはじめ密教の教理に基づく堂塔伽藍を建立することにありました。
ここには、大塔をはじめ金堂・御影堂などがありますが、その中心となるのは大塔であります。この塔は、密教の塔としては日本で最初に建立されたものであり、その中には胎蔵界の大日如来をはじめ五仏が祀られております。
この塔の中は大日如来の浄土であり、ここに参る人は、如来に導かれて必ず即身成仏すると説かれています。
開創以来1200年の間には、幾度か雷火などによる焼失などの災害に遭いましたが、高野山の私達の先師方が懸命にお護りされ、今日にいたっております。
奥之院は、人定され、今なお人々を救い続けておられるお大師さまの御廟のある処であります。
開創以来1200年の間には、幾度か雷火などによる焼失などの災害に遭いましたが、高野山の私達の先師方が懸命にお護りされ、今日にいたっております。
奥之院は、人定され、今なお人々を救い続けておられるお大師さまの御廟のある処であります。
これを中心に巨大な墓原が展開しています。その中には、110藩に及ぶ近世大名の墓碑群をはじめ、歴史上有名な人々の供養塔、数を挙げることの出来ない庶民が供えた一石五輪などが祀られてあります。
また燈籠堂の中には、祈覿・白河の両消えずの火をはじめ、二万余にあがる燈籠が日本第一の光明の世界を顕現しております。この両壇は、高野山では最も大切な聖地であります。
本年は「紀伊山地と高野・熊野の参詣道」として私達の高野山が世界遺産に暫定登録されましたことも、大師をはじめ先師達の苦労の賜物と考えられます。
この両壇に関する宝物を「第二十二回高野山大宝蔵展」として開催することになりましたが、この企画展が霊山高野の世界遺産登録への推進力となる事を切に願う次第です。
また燈籠堂の中には、祈覿・白河の両消えずの火をはじめ、二万余にあがる燈籠が日本第一の光明の世界を顕現しております。この両壇は、高野山では最も大切な聖地であります。
本年は「紀伊山地と高野・熊野の参詣道」として私達の高野山が世界遺産に暫定登録されましたことも、大師をはじめ先師達の苦労の賜物と考えられます。
この両壇に関する宝物を「第二十二回高野山大宝蔵展」として開催することになりましたが、この企画展が霊山高野の世界遺産登録への推進力となる事を切に願う次第です。
平成十三年七月二十日 高野山霊宝館長 長澤 光倫
