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考古
- 重文 鋳出銅板三尊仏像 1基
- 金剛峯寺 奈良時代
奥之院御廟垣内の向かって左後方付近の土中から明治時代末期に金銅宝篋印塔(下図)とともに発見された銅板三尊像である。
中尊は説法印、両脇時は右手を上げ左手をささげた立像を鋳出し、押し出仏の原形と考えられている。奈良時代の作品である。
- 重文 金銅菩薩立像 1躯
- 金剛峯寺 白鳳時代
昭和三十八年五月に奥之院の灯篭堂手前石段の右手付近から出土した金銅菩薩像である。一部に欠損が認められるが、出土の仏像としては保存状態は良好で優品に属する。
銅の一鋳造りで、宝冠に化仏坐らしきものが認められることや、左手に宝瓶の一部が残存する点などから、観音菩薩像と推測されるもので七世紀後半頃の制作と考えられる。
- 重文 金銅宝篋印塔 1基
- 金剛峯寺 鎌倉時代
奥之院御廟の垣内の向かって左後方付近の土中から明治時代末期に発見された金銅宝篋印塔である。宝篋印塔の塔身には金剛界四仏の種子があらわされ、基壇には「大師入定奥院埋土中安置高野山八葉峰上南保又二郎入道遺骨也弘安十年(1287年)六月二十二日卒」との遺骨者南保又二郎入道の銘文が彫られている。
- 重文 比丘尼法薬埋納願文 1巻
- 金剛峯寺 平安時代
昭和39年奥之院御廟付近から、三重の容器に納められて比丘尼法薬の埋納経が発見された。この願文には永久二年(1114年)の銘があり、比丘尼法薬という人物が納め願いを込めて経典を書写し、陶製などの容器に詰めて、地中に埋納したことが判明した。850年余の時を越えて発見されたが驚くほど保存状態は良好である。
ご注意
これらの宝物は、常時、展示されているわけではありません。
企画展・大宝蔵展に即して出品される場合があります。
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